認知症の検査で長谷川式認知症スケールっていう検査があるんだけど、これがなかなか奥深い。
今日は何年何月何日何曜日?という質問に
20400年 というお答えをしてくださる貴婦人様
野菜の名前を知っているだけ言ってと言ったら、連想ゲームになっちゃって、張り切って「野菜ジュース!」
と言ってくれるし。
野菜の名前が永遠に出てくる人もいれば「白菜、ジャガイモ、ニンジン!終わり!」と3つしか出てこない人もいる。
人間にとって、今が何年であろうが、何月であろうが、今自分は何歳であろうが、生きていくのに確かにそんなに問題ではないかもしれない。
野菜の名前だって忘れちゃっても生きていくには問題ないかもしれない。重要じゃないかもしれない。
2025年も20400年も神の視点から見れば一瞬で、大した問題じゃないかもしれない。
忘れちゃうっていうことは、この世の中で暮らすには不便なことだけど、実は天国目線で行ったらたいしたことではないかもしれないなー。
トリの皮がとっても嫌いなおばさまがいたんだけど、認知症になったら自分がトリ皮嫌いだったことすっかり忘れて、鶏のから揚げを皮ごとたべて「こんなおいしいもの初めて食べた。」って笑顔で語ってくれたことを思い出す。
最近の検査で、超高齢の100歳越えのおじいちゃんに野菜の名前聞いたら、「馬鈴薯、馬鈴薯、馬鈴薯、、。」ってなんども馬鈴薯を呪文のように語ってくれた。さぞかし、お芋が好きな方なのでしょう。
たしかにすっかり秋になりお芋のおいしい季節になりました。
わたしも「サツマイモ、サツマイモ、サツマイモ。」と何度も繰り返しおいしくいただきました。
お芋がおいしいです。

