イースターブランチの前の日にイチゴを運んでいた。自動扉の閉まる前に急いでイチゴの箱もって中に入らなきゃっと急いだら、年寄りは転ぶ。イチゴをつぶしちゃいけないととっさに箱を守ってしまい、おでこからコンクリートにごちんと落ちてたんこぶができた。次の日目が腫れた。痛くはないけど青くなってしまった。
そんななか亡くなりそうな患者様の家族に状態の説明と今後のこと話し合いさせてもらったけど、心の中は「こんな目で患者さんの家族が不安な気持ちになったら困るなー。」と心配でいっぱいになったけど、施設の優しい職員さんたちは「大丈夫ですよ。髪の毛で隠れているし、そんなに気にならないです。」と励ましてくれた。
周りの人が気を使って、そーっとしておいてくれている中、「まあ、先生。ひどい目ですね。ひどい青いです。心配です。周りの人も心配になりますよ。家族も心配しますよ。ひどい目です」と、言ってくださる方がいて気にかけて心配してくださるのは分かったけど「わー、心配だ。心配だ。心配だ。みんな心配になります。ひどい目だー」と連発されると心配してくれてありがとうと感謝の気持ちを伝えなくちゃいけないのは分かっても心の中は平穏ではなかったです。不快でした。もやもやっとわいてくる怒りがあって。これってなんだろうっと。声をかけた本人は心配して思いやりにあふれて、優しい言葉をかけたと思っているかもしれない。でもわたしはめちゃくちゃイラっとしたのは私が悪いの??
自分が患者として不安な時の、ケアする人の対話スキルが不十分だったってことかなと思い、堀越先生の「ケアする人の対話スキル」って本を久しぶりに読み直して、今回の不快な気持ちを紐解いた。結局、患者サイドの気持ちをわかってもらえていないと感じると不快な気持ちになるのだろうね。一番心配と思っているのは患者なので一緒に心配してくれるのはうれしいけど、ありがたくない。心配なら、私の気持ちをよく聞いてほしい。一方的な心配の押し付けが優しさじゃないってことですね。患者に寄り添うってなかなかデリケートで相手の気持ちをよく考えないと寄り添うことにならない。でもね、スキルの部分も多いから、訓練して、より良い寄り添い方ができるように努力しようと思う。コミュニケーションスキルを磨いて患者さんに不快な思いを与えないよう努力する必要があることを学ぶことができてよかった。結局あまりに「ひどい目」だって言われて嫌になってサングラスした。ビルさんは「サングラスしているとハリウッド女優がいるのかなっておもうよ。」っていってくれて、ビルさんの優しさが心にしみた